どうやって本番に備えるべきか‐3Rの段取りの話‐

 プレゼンテーションの用意が整ってから本番までの期間は、もしかしたらプレゼンターにとって最も苦痛な期間かも知れません。待つのが嫌いな私にとっても、準備が整ってからの練習期間ほど不安な時期はありません。準備はまだ万全とは言い難いから、本番はまだ来ないで欲しいような、この不安をとっとと何処かに押しやってしまいたいから、早く本番になって欲しいような・・・・・・。
 けれど、プレゼンテーションの準備が整ってから、実際に発表するまでの練習期間は、あなたのプレゼンテーションをより良い物に昇華できる唯一の期間であることは言うまでもありません。プレゼンテーションで触れるトピックスについての良し悪しは既に準備段階で大方決していますが、実際のプレゼンテーションの良し悪しは、この練習期間に決まります。
 ここでは、練習期間の過ごし方の「1つの参考」として、私が普段どうやってプレゼンテーション本番に備えているか、備え方の中から代表的な物を紹介したいと思います。

はじめの注意書き

 言われるまでも無いと思いますが、プレゼンテーションへの備え方は、プレゼンテーションの演じ方同様、人それぞれです。私は練習に際して喋りの予稿は用意しませんが、中には台本のように一字一句まで文章にした方が練習が捗るという人も居るでしょう。
 ここで紹介する備え方はあくまで一例であって、私にとっては模範解答でも、あなたにとっては全てが模範解答とは限らないということを忘れないで下さい。もしかしたら、全てが正しい解答でない可能性も十分に有ります。それ程に、プレゼンテーションへの備え方は千差万別、好き不好きが分かれるものだと考えています。


 こうも人を選ぶ物を、ただ紹介するだけでは何の参考にもならないので、それぞれの備え方の裏にある考え方も、出来るだけ詳しく書き残していくつもりです。備え方の表面と一緒に、奥に有る考えも知ってもらって、自分に合っているかどうかを判断してもらえればなと思います。

3Rの段取り

 ここで紹介するプレゼンテーションへの備え方は、私が個人的に、3Rの段取りと呼んでいる物です。その中身は、

  1. Review:見直してみる
  2. Retain:叩き込んでみる
  3. Rehearsal:一通り流してみる

の3つです。

Review:観衆になって見直す

 練習の前に、プレゼンテーションの流れを見直しましたか?もしまだ見直しをしていなかったら、練習を始めて頭の中がプレゼンテーションで埋まってしまう前にやってしまいましょう。
 もしあなたがプレゼンテーションのスライドなり資料なりを作り終えたばかりなら、一晩寝るか、紅茶でも飲んでリラックスして下さい。Wikipediaで暇を潰すのも良いアイディアでしょう。とにかく一度、自分のプレゼンテーションを頭から追い出して下さい。良いですか、一度頭から追い出すんですよ?それでは、一晩なり1時間なり15分なり後に、もう一度お会いしましょう。






 頭はスッキリしましたか?では、プレゼンテーションの見直しに取り組みましょう。そうは言っても、することは単純です。スライドを作ったのならばそのスライドで、流れを資料に書き出すだけで用意を終えていたならその流れを、何度か頭から終わりまで「簡単に」追うだけです。ここでは主に、プレゼンテーション資料としてスライドを採用している人を想定しながら話を進めます。
 注意したいのは、見直しの時にプレゼンターとして見直さないということです。特に、リハーサルのように実際に喋る内容を口ずさみながら資料を送るのは論外です。内容を思い浮かべながら見直しをする必要はありますが、独り言は「この資料では〜〜〜を話して、次は〜〜〜を喋るからここで資料を次に送って・・・」程度にしておきましょう。個人的な考えですが、「見直し」とは観衆の目から見たときにプレゼンテーションの流れにおかしな点がないかを見るものであって、プレゼンターとしてプレゼンテーションを頭に叩き込むための「練習」とは分けて考えるべきでしょう。


 見直しのステップで重点的にチェックして欲しいのは、トピックとトピックの繋ぎ目です。ちょっと下の二文を見比べてみてください。

  • 私の研究テーマは文章自動要約に関わるテーマですが、この文章自動要約とは自然言語処理という研究分野の中のテーマの一つで、特に私は物語における登場人物同士の相関関係に着目して、それぞれの人物同士の関係性に重要度を割り振り、特に重要な関係を持つ人物が登場する場面を纏めることで要約を作れるのでは無いかと考えています。
  • 私の研究テーマは文章自動要約に関係したテーマです。文章自動要約とは、自然言語処理という研究分野の中のテーマの一つです。特に私は物語における登場人物同士の相関関係に着目しています。それぞれの人物同士の関係性に重要度を割り振り、特に重要な関係を持つ人物が登場する場面を纏めることで要約を作れるのではないかと考えています。

 あまり良い例ではありませんが・・・・・・。私としては下の文章の方がいくらか読みやすいのですが、どうでしょうか?
 この2つ文章の決定的な違いは、見ての通りトピックとトピックの間に適切な間を置いているかどうかです。特に話題がガラっと変わる場面では、無理に前の話題から話を繋げようとせず、一度すっぱり切ってしまった方が良いでしょう。アイキャッチ*1を入れたり、スライド上部のタイトルを差し替えたりすることで、全く別のトピックに話が移行したのだと、観客に印象づけることができます。また資料だけでなく、その場のしゃべりで切替を印象づけられる言葉を選べるよう、メモを残すなり手に書くなりして覚えておきましょう。
 逆にトピックとトピックに関連がある場合は、前のトピックから引き継いでおきたい言葉やデータが、次のトピックの資料にも挿し込まれる様にしておきます。資料を前に戻し、また次に送り、を繰り返すのは、観衆にとって余り親切な設計とは言えません。

Retain:自分の中に叩き込む

 見直しが済んだらさあリハーサル、という訳にはいきません。声を出して練習をする前に、あなたのプレゼンテーションをあなた自身がしっかりと理解する必要があります。

 ここまでプレゼンテーションを作ってきて見直しまで終えたあなたですから、自分のプレゼンテーションがどんな物なのか、ぼんやりとしたイメージが頭の中に漂っているはずです。リハーサルを行う前に、そのイメージをしっかりと縫い付けてしまいましょう。
 誤解して欲しくないのは、"イメージを縫い付ける作業" ≠ "プレゼンスクリプトの暗唱"だと言う事です。自分がプレゼンテーションで何を話すのか一言一句事細かに完全に記憶して、本番ではスラスラと思い出しながら喋りを進める事が出来れば、それは確かに理想のプレゼンテーションの1つの形かも知れません。けれど、完璧な暗唱は、果たしてプレゼンテーションに必要でしょうか?あなたが書いた5W1HのWhyを思い出してみて下さい。Whyは決して、「プレゼンテーションのスクリプトを一言一句間違えずに伝える」の様な内容では無かった筈です。


 叩き込みのステップであなたに縫い付けて欲しい事は、「自分が伝えたい事は何か」のイメージです。何の手がかりも無しに頭の中に縫い付けるのは苦労なので、「ある発表資料に触れて自分が伝えたい事は何か」を発表資料毎に縫い付けながら、あなたの頭の中に叩き込んで下さい。紙媒体の発表資料であれば、小さな付箋紙に伝えたい事を端的に書きだして、資料毎に貼り付けながら覚えるのが良いかも知れません。スライドを使ったプレゼンテーションを予定している方は、スライド毎のメモ欄に、自分が伝えたい事を書き出しておくのも手でしょう。ただし、決してメモ欄に原稿の様な文章を書こうとしないで下さい。一文にも満たない箇条書きを使うことを強くお勧めします。
 言葉だけの説明では分かり難いでしょうから、例を出しましょう。下のスライド*2の4〜6ページ目を見て下さい。

 私がこの4〜6ページ目*3に伝えたい事を紐付けるとすれば、大体次の様な事を頭に叩き込みます。

  • 4ページ目
  • 5ページ目
    • 箇条書きの普通のプレゼン
    • 一方で印象に残す仕掛け
    • 知れば応用できる
  • 6ページ目
    • カンファの発表から例
    • 挙げる例は5つ


 この紐付けを元に喋るとすれば、例えば次のスクリプトの様になるでしょう。

(4ページ目)
ではまず、今日のプレゼンテーションの狙いから話して行きましょう。



(5ページ目)
普通、プレゼンテーションといえばこの様に、箇条書きで言いたい事を書き連ねたスライドをバックに、プレゼンターが喋りまくる風景を想像するかと思います。
でも、多くのプレゼンテーションの中には、プレゼンターが少しでも観客の注意を引き、観客の理解を得ようと張り巡らせた、様々な仕掛けがあります。過去の高専カンファレンスに参加したことの有る方、高専カンファに限らず様々な会場に足を運び、多くのプレゼンテーションを観てきた方の中には、やけに印象に残っているプレゼンテーションがあるかも知れません。そんな印象に残りやすいプレゼンテーションには、私達が自分たちのプレゼンテーションに応用できる、数多くのギミックが隠されています。

(6ページ目)
今日はそんな数多くのギミックの中から、新春高専カンファレンスの発表の中に見ることが出来た5つの例を取り上げて紹介したいと思います。

 相変わらず拙い例ですね。それでも、喋りのスクリプトに対して、元々の箇条書きの文量が非常に少ないことが、よく分かると思います。この箇条書きした内容は、対応するプレゼンテーション資料を見た時にパッと思い出せるようにしておきましょう。スクリプトを丸暗記するよりはよっぽど楽でしょうし、箇条書きの条項と資料の内容は多少なりともリンクしている事が多いので、本番のど忘れ防止にも繋がります。
 逆に、スクリプトを丸暗記しない分、細かい所はアドリブで補うしか有りません。例えば上の例では、5ページ目のスクリプト中の「過去の高専カンファレンスに参加した〜」の一文は、箇条書きでは一切触れられていない項目です。このアドリブが上手く効くか効かないかでプレゼンテーションの質もだいぶ上下してしまうのですが、そこはもう「慣れて下さい」としか言い様がありません。慣れない内は箇条書きの条項を余計な物まで多目に書き出してアドリブを抑えておき、慣れてきたら本当に伝えたい重要点を残しながら段々と減らして、アドリブ任せの部分を増やしていく様にすれば、余り無理も掛からないのでは無いでしょうか。

Rehearsal:総仕上げに一通り流す

 ここまで見直しと叩き込み、お疲れ様でした。それでは、段取りの総仕上げ、練習を行いましょう。と言っても、ただ練習するだけではつまらないので、その過程で気をつけたい事を3つ取り上げようと思います。


 まず、「プレゼンテーションの時間感覚」を掴める様に、プレゼント中の時間を意識しながら練習する事をお勧めします。
 多くの人は、プレゼンテーション全体の所要時間を計っておいて、「次はもっとゆっくりしゃべろう」だとか「次はもっと早口で」といった事を考えると思います。けれど、プレゼンテーション全体の時間配分だけを見て時間感覚を掴むのは至難の業です。もう少し細かく、そう、例えばスライド毎や話題毎の時間配分も気にしながらリハーサルをすれば、プレゼンテーション全体の時間配分を細かく調節する助けになります。
 1枚の資料にきっかり1分の内容を詰め込む様な事をしていれば話は別ですが、大抵の場合、資料毎にかけたい時間は違うはずです。なので、プレゼンテーション全体の流れを見渡して、トピック毎に時間配分を決定しましょう。O-PREPs-Oで作っていれば、最初のO終了時点で何分、1つ目のP終了時点で何分、2つ目終了で何分、といった様に、区切り毎に終了目標時間を設定しておくと良いでしょう。リハーサル中から区切り毎に時計を気にする癖をつけ、目標時間より早ければ口調を緩めて脇話を多くし、目標時間より遅れていれば口調を早め必要最低限の話に留める対応を取る事で、プレゼンテーション全体の終了時間を調節することが出来ます。ラップ機能付きのストップウォッチを使って区切り毎の時間を記録しておき、次の練習に向けて更に緻密な時間計画を練っても良いかも知れません。
 与えられた時間に対して大きな過不足を生じさせるという事は、あなたにプレゼンテーションの場を提供してくれている主催側に、時に大きな負担を掛けます。プレゼンターたる者、決められたプレゼンテーション時間をオーバーしないよう厳守し、また余すところ無く活用し、最高のプレゼンテーションを提供するべきでしょう。


 次に、「プレゼンテーションの演技力」を高めるために、それと気分を盛り上げるためにも、多少オーバーリアクション気味に練習して見てください。
 練習以上の力は本番では出せない、なんて言葉は学生時代の部活動で聞き飽きているかも知れませんが、プレゼンテーションもまた然りです。もし貴方が活き活きとしたプレゼンテーションをしたいと望んでいるのであれば、練習も活き活きとしましょう。ジェスチャーをふんだんに取り入れたければ、たとえ練習だろうとそのジェスチャーを試してみるべきです。もしそのジェスチャーに問題点があれば、本番前に軌道修正を図ることが出来ます。受験勉強では、本番に失敗しない為に練習で失敗しよう、とか何とか言い聞かされた記憶がありますが、これもまた当て嵌めることが出来るのです。
 特におすすめしたいオーバーリアクションが、口の開き方です。全てのプレゼンターがしっかり声を出しても平気な練習環境を持っているとは思いません。しかし、口を意識して大きく、メリハリ付けて開くくらいの事は、どんな練習環境でも可能ではないでしょうか。私は声楽家ではないので確かな裏付けは出来ませんが、口を大きく開く事と、はっきりと通る声*4を出す事は、決して無関係ではないと考えています。声を張って練習する代わりに、せめて口の開き方を意識しながら練習することで、口の中に籠ったような声を出さない癖を付けておきましょう。


 最後に、「プレゼンテーションの成功」をイメージする事を忘れないで下さい。
 貴方が書き下ろした5W1Hをもう一度見なおしてみましょう。貴方は今回、誰に、何を、どんな方法でプレゼンテーションするのでしょうか?そのプレゼンテーションは何時、何処で行われますか?何故、そのプレゼンテーションが必要なんでしょうか?そして、そのプレゼンテーションはどうなれば成功ですか?
 時間ピッタリのプレゼンテーションをする事。ミスを一つもせずにプレゼンテーションを終わる事。多少のまごつきは構わないから、伝えたい事を全て伝える事。観客を一度でも笑わせる事。観客が今まで知らなかった事を、知ってから帰って貰う事。派手に失敗してでも、印象に残ること・・・・・・。プレゼンテーションの成功とは、プレゼンテーション毎に千差万別です。ただ一つ確かなのは、そのプレゼンテーションの成功を定義できるのは、プレゼンテーションの製作者である貴方以外には居ないという事です。
 是非、「こうすれば成功」という目標を持って、練習に取り組んで下さい。

そうは言っても忙しい

 ここまで3Rの段取りをビッシリと綴ってきましたが、そうは言っても忙しいのが現実です。3Rを全てこなす時間となると、中々取れたものではありません。私自身、3Rの段取りを全てしっかりと踏めなかったプレゼンテーションは少なくありません。それでも、全てのプレゼンテーションで必ず踏んでいる段取りがあります。2番目のR、Retainです。

 3つのRの内、Retainだけはちょっとした隙間時間に実施可能な段取りであり、プレゼンテーションを行う上で(少なくとも私にとって)無くてはならない段取りです。Reviewの様に資料を修正するための消しゴムやパソコンが不要で、Rehearsalの様に通して練習する纏まった時間も要りません。必要なのは、資料を携帯できるように加工する一手間だけです。スマートフォンでも有ればその中に資料を入れても良いですし、携帯端末が無ければ紙媒体にコピーしても良いでしょう。ちょっとした空き時間に資料を眺め返すだけでも、頭の中に貴方が行おうとしているプレゼンテーションを叩き込むことが出来ます。
 また、Retainの段取りには、僅かながらもReveiwとRehearsalで実施する要素が含まれています。発表者視点になってしまいますが、プレゼンテーションの叩き込みがてら資料の見直しも行えますし、時間計測や振り付けは出来なくても、頭の中でその時々の演じ方を思い描くことは出来るでしょう。


 言うまでもありませんが、Retainだけではきちんと腰を据えて3R全ての段取りに取り組んだ時には到底及びません。けれど、どうしても時間が足りない時は、Retainの段取りだけでも試してみては如何でしょうか。

*1:私はよく、次のトピックを端的に表す一言だけを大きく書いたスライドを挿入します。

*2:発表用だった物を公開用に焼き直した資料を使っていますが、その辺は大目に見て下さい。

*3:4〜6ページを取り上げたのは、この3ページ分が1つの流れになっているので、纏めて取り出さないと分かり難いかなと思ったためです。3ページ纏めてでなく、1ページ完結の例を見たい方がもし居れば、コメントかTwitterか何かでリクエストして下さい。過去の資料を漁るか、新しい例を書き起こそうと思います。

*4:ここでは詳しく触れませんが、「大声」と「はっきり通る(要はプレゼンテーション向けの)声」は別物だと、私は考えています。